大阪市大正區(qū)北恩加島生まれ、名護市辺野古育ち。幼少期の一時は內(nèi)地でも暮らす。
祖父や親戚に古典音楽の名人を持ち、20歳頃から古典や舞踴を習(xí)う。
普久原恒勇や上原直彥らに強く勧められ、知名定男の父、知名定繁に弟子入りして民謡の道に進む。
1962年シングル「片思い」でデビュー。その伸びやかな高音が「絹糸の聲」と評され大ヒットとなる。
やがて三線1本を抱えて東京、神奈川、大阪など內(nèi)地を長らく彷徨の後、沖縄に戻り、民謡界の至寶、嘉手苅林昌とデュオを組む。林昌をして「コンビ唄はミサーに限る」と言わしめたほどの名コンビとして活躍。數(shù)々のライブやレコーディングに伝説を殘す。
林昌の物故後もCD、海外・國內(nèi)の公演、映畫、テレビなどで疲れを知らずに活躍。2007年に蕓能生活50周年を迎えるもなお、変わらず多方面での活動を続けている。